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なんとなく苛立つ気持ちを沈めるために創作物のことが好きだという文章を書いた。長い。
#日記

世に出す作品の中に、あんまり気に入ってないものがある。
上手くできなかったとか、もっとやれるなとか、そういう向上心が元である。
でも、世に出す。それはとりあえずでも作品として形になったものだから。反応が来る。他者の需要と自分の需要はイコールでないことを知る。次に活かす。私にとってインターネットはこの繰り返しだ。

作品。私にとっては、絵だったり、漫画だったり、はたまた文だったり、詩だったり、短歌だったり。いろいろある。
絵と漫画には目標がある。簡単に、それをいつか自身の職にする、というものだ。それ以外には無い。でもなんとなく歌人にはなりたい。なりたいが、目標として掲げるには、自分の中では現実味が無い。

絵の話をする。幼少の頃から絵が好きで、ずっと絵を描いて生きてきた。逆に、それ以外のことはあまりしてこなかった。勉強とか。これは悔やんでいる。今からでも遅くない。そらそうだ。でも当時の無垢な私が学ぶことに今から学ぶこととは違う意義があったように思う。まあ、今から学ぶことにもそれとは違う意義がある。それはそうと、悔やんでいる。が、時は戻らないので諦めている。

文章も、あまり書いてこなかった。小学校の頃は好きだった。本の虫だった。本を読まなくなって、絵を描くことに没頭するようになってから、そのスキルは衰えたと思う。
考えていることや、気持ちを言葉にするようになったのも、最近のことだ。他者の気持ちを理解できるようになったのもわりと最近だ。
だから、私の短歌は拙いはずだ。もっと上手な言葉がきっとあると私は思う。好いてくれる人はありがとう。これは向上心の話だから、どうか一旦聞いて欲しい。私は私の短歌を拙いと思っているが、私も私の短歌は好きだ。

すごく昔、私の絵って素晴らしい、という話をしていたら、満足したらそこで止まっちゃうよと言葉が返ってきたことがある。正しいと思う。その言葉が出るのもわかる、なんせ下手だったから。でも私は私の絵に満足していたわけではなく、ただ今の絵も好きだという話がしたかった。

もっと上手くなれる。常にこれだ。満足する日はきっと来ない。創作物に対して、模索するのが好きだ。試行錯誤の日々が好きだ。その記録をつけるのも結構好きだし、見返すのも好きだ。

創作物に良いも悪いもなければ正解も不正解も無い。ただ、私はもっと上手くやれると思っている。ただそれだけの話である。畳む

文章

#いちごつみ

見せかけのインターネットの裏側にどろり濁った化け物が棲む

驚いた愛はここまでいけるのか返り血までもが綺麗に見えて

微笑んでばかでも可愛くゆるしてね愛嬌だけで生きてきました

地獄でもあなたのためなら生きていくもうこの場所にいられなくても

短歌